Clockwork Spring |
[ 2010/01/27 ]
まず、それは春である。物質的にも定量的にも春だ。眼前には満開の桜たちが微笑んでいる。並木とは到底いいがたく、一本一本の枝振りも乱雑で、まるで子供が散らかしたあとのようにてんでばらばらに咲き乱れている。見上げた空は感心してしまうほど瀟洒だ。夏ほど快活でもない、かといって冬ほど純粋でもない、まさに春としか言いようのない空。母親の子宮のように柔らかな土を踏みしめて歩いていくと、煩雑だった桜たちが一定の秩序を見せ始める。つまり一列に並んでいる。彼らの通っている学校の先生がその先に控えているといったふうで、事実そうである。ただし学校というのはふさわしくない。この場合の先生は医者のことを指している。
その先生は非常にちいさな少女だ。ちいさすぎて見落としてしまいそうなほど。実際のところ、その先生が脚立のてっぺんに座って桜の診察をしていなければ気がつかなかっただろう。このあたりになると桜たちは非常に折り目正しく整列しているが、そのなかにはやんちゃな心をどうにも抑えきれない者もいるようで、ちょっとだけ列からずれて咲いているやつが何本かいる。先生の近くまで近づいていって帽子を取り、挨拶をすると、彼女はこのあたり一帯に咲いているどの桜よりも桜のようなほほえみを浮かべる。
診察のようすを見学してもよろしいでしょうか、と尋ねると、ちいさな少女はちいさく頷く。というよりも、彼女のちいささそのものが彼女の動作をちいさく見せているだけであって、実際はごくふつうに頷いただけのこと。了解を得て帽子を被りなおし、泰然と眺めていると、彼女の診察のやり方がわかってくる。まず桜のまわりをぐるりと一周し、あたりをつけて樹皮をノックする。手が届かないほど高いところが気になれば随時脚立を使う。ノックの音に納得がいけば診察は終わり。万事問題なく、そのまま春を続行してもらってかまわない。彼らのほとんどは健康で、診察を終えて意気揚々と去っていく。
しかし問題が起こる。見学をはじめてから十本目くらいの奴だったろうか、少女が幹のまわりを一周して顔色を変えた。普通よりもより真剣に、慎重に幹をたたく。すわ一大事と言わんばかりの青ざめた顔になる。その音にとくべつ変わったところがあるとは思えないが、その表情から推察するにそうとう悪いのだろう。人間相手の医者ならば患者に快復の見込みがないことを悟られるのは落ちこぼれだが、桜が相手の場合はたいした事ではないらしい。少女はその桜の幹に口を近づけて、接吻をするように二言三言囁きかける。純粋な驚きからか、それとも悪い予感が当たった落胆からか、なにごとかを告げられた桜はぶるりと幹を揺らす。よく見ればその桜は他のものに比べてどことなく精彩を欠いているようだが、ちいさな少女の存在そのものと同様に、よく注意しなければ気づかない程度のこと。それをすぐに見抜いてしまうのは医者の慧眼というべきなのだろう。
大手術の始まりだ。桜は地面に横たえられる。脚立の出番はもうない。ともすると少女を見失ってしまいそうなので、よく目を凝らして見つめている。まず、触診が始まる。このあたりは人間と変わりない。ただし手つきは人間相手の医者がするよりももっと柔らかで、そうやって優しく触れてやればたちどころに快くなると信じているかのようだ。触診が終わると、ひといきに切開に移る。麻酔などという気の利いたものはないらしい。少女は特別な器具に頼ることなく、しろくほそい指でかさぶたのように浮いた樹皮の一部をぺろりとはがす。横たえられた桜は身をよじったが、すぐに静まる。自分の置かれている状況がよくわかっているのだろう。
はがされた樹皮の下には、これまた見落としてしまいそうなほどに小さなものなのだが、穴が開いている。もとから身体に開いていたものではなく、あとから何がしかの技術で開けられたものらしい。というのはその穴は完璧な円形で、自然にできたものとは思えないほど正確だったからだ。予想は当たった。少女はポケットからちいさなネジを取り出した。彼女はそれを樹木の穴に差し込むと、時計回りにくるくると巻き始めた。とても慎重で冷静な手つきだ。一ひねりされるたびに桜は力を取り戻していく。ネジが巻き終わるやいなや飛び起き、駆け出していってしまった。いくらわんぱくだとはいえ、礼のひとつくらいは述べてもいいのではないか。そんな風に考えながら取り残された少女のことを眺めていたが、しばらくすると彼女はすっと立ち上がり、こちらを見て寛恕に微笑んだ。わんぱく坊主に手を焼く母親の愛のような感情がそこには満ちていた。「仕様のない子ですね?」
それはこの世界じゅうに咲いているどの桜よりも桜のようなほほえみだったが、すぐに見失ってしまった。きっと桜がいなくなったせいだろう。さっと身を翻して、もと来た道を戻った。
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またしても心斎橋のクラブで踊り狂っていたROLLSTONEである。これをもって最後の息抜きとし、このあとは受験勉強しかしない所存である。
↓全世界市民MUSTSEE
http://www.youtube.com/watch?v=gOHrAyEIQ2U



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